クライアントを迎えて
オランダに来て1週間以上経ちました。篠原紙工でもお馴染みの機械音が鳴り響いていてあまり日常と変わらない感じです。Instagramのストーリーズで日々を少しアップしていますが、先週からヴィッツェの製本スタジオでつくっているのはメキシコ人アーティストGABRIEL OROZCO(ガブリエル オロスコ)氏のこれまでの展示をまとめた本。ガブリエル氏が拠点とする都市の一つは東京だと聞いて、縁を感じてしまいます。
このプロジェクトの大元のクライアントはニューヨークのギャラリー Marian Goodman Galleryそこからイタリア在住のオランダ人プリンティングマネージメントのRoy(ロイ)に依頼があり、ロイがヴィッツェに製本を依頼をしたという流れ。ロイとヴィッツェは気が合う仕事仲間でこれまでも何度か本を一緒につくっています。ロイはこのためにイタリアからオランダに駆けつけ、ギャラリースタッフのAlene(エイリーン)をニューヨークから招待し、ヴィッツェのスタジオに集合。彼女がオランダに到着したその日に、さっそく図録の本文を製本してくれたAbbringhという製本工場へ見学に行きました。
Groningen(フローニンゲン)というヴッツェのスタジオから車で約1時間くらいのところにあるその製本会社は町工場という感じで、これまた国が違えど雰囲気ともに見慣れた感じ。工場のオーナーもとても親切でヴィッツェと信頼関係がきづけているというのがすぐに伝わります。製本工場に見学というと作業の立ち会いかと思われるかもしれませんが、本文はすでに綴じ終わっており、ヴィッツェのスタジオに移動され、次の作業工程に進んでいます。新島さんと一緒に作業しているのはまさにそれらの工程。表紙の作成、箔押し、本文と表紙の合体。ではなぜ、本文を綴じた製本会社に見学に来たかというと、ロイの提案でクライアントのエイリーンにどんな工場で製本をしているかを紹介しようとのこと。ヴィッツェもその考えに大いに賛成でオランダ人2人による製本ツアーのおもてなし。エイリーンも製本工場にまで入ったことは今までなく、初めてだと。
翌日、ヴィッツェは新島さんに「今日は彼女に僕たちの製本のショーを見せようじゃないか。この工程が終わったら、これを説明して、ここのディティールを見せて、箱をつくることを提案してみようと思う。」と相手を喜ばせると同時に自分がやっている仕事の緻密さも伝えようとしています。ただ作業が大変ということをストレートに伝えるのではなく、方法Aと方法B、やり方が違うとこんなに仕上がりが違う、ジョークも交えながらフレンドリーに伝えるのがヴィッツェらしい。彼は数々の古い製本機械も所有していてお気に入りの三つ目綴じ機械を自分の子供だといいながら解説しています。
朝から夕方まで、5人でヴィッツェの製本スタジオで過ごし、機械と手作業の様子を見せ、ランチを共にし、(オランダでもわたくしランチ担当) コーヒータイムでは過去につくった本を見せたり、製本以外の話も時折混ぜながらアットホームな時間を過ごしました。考えてみたら、オランダ、イタリア、ニューヨーク、東京、4カ国の文化の話を仕事を通して一度にできるって日本の製本会社ではなかなかないですよね。
ヴィッツェは手を動かす部分を「製本ショー」と言って相手を楽しませたり、普段の自分の仕事をオープンに見せながらも、クライアント用にどこを見せるかはきちんと計算してあって、細かな心遣いが感じられます。それに、彼にとって仕事場は playground、遊び場と言っているように、ここに来ると彼のワールドに引き込まれます。広いスタジオにある古い機械たちはもちろんアンティークの飾りでなく、動いてないからといって存在を忘れられているわけではない。きちんと彼の機械への愛は伝わっていて、使われる出番を待っているように見えます。
紙は重なると重い、なので製本は体力も必要とします。そして、私たちのように量産する世界では速さは必須、クライアントがいるといえどもある程度の目標数はつくりあげたいところ。ヴィッツェは普段からそれを1人でやっているのところが篠原紙工と大違い。長身の大きな体にエプロンをつけ、汗水を流しながら着々と全てをこなしていきます。クライアントへの心遣いとトーク、電話のやり取り、配達の受け取りetc。それでも常に笑顔でジョークを忘れないところから彼のあたたかさ、パーソナリティが伝わります。
この日は早めに仕事を切り上げ、ヴィッツェはエプロンを外し、華やかなシャツと革靴で身なりを整え、私たちも含めクライアントを食事に連れていきます。フリースラントの田舎道を車で走りながら自分の住む村を案内し、オランダの最北、海 (もうすぐ先は北海) が見える堤防まで行き、ちょっとした観光。レストランでは地元フリースラントの食を紹介したり、大都市と田舎の暮らしの違いを話し合ったり、ロイのイタリアでの日常の食へのこだわりだったり、ラテン文化の違いなど、話題はつきません。仕事の話は横に置いて、人間同士で有意義な会話と時を過ごしました。ロイもエイリーンも東京は行きたい都市の一つだと。「これをきっかけに東京で再会できたらいいね、仕事ができたらもっといいね。それがいい、….」語り合いが深まるにつれ、夜空も深まり、帰る頃は、まあるい月とあふれる星が光輝いていました。