法术

Tokyo/Leeuwarden

今、オランダのフリースラント地方のレーワルデンという街で製本の仕事をしています。なんでここにいるのか…遠い昔の話になるまえに書かないと。きっとこれからもこの経験が篠原紙工の話でちょくちょく出てくることになるのでシェアしますね。

2023年、去年の10月のこと、以前よく仕事をしていたお客さん、O氏から1本の電話が入りました。「お久しぶりです。オランダ人の製本家が日本に来ていて、篠原さんの仕事内容と合いそうな人でね。彼に篠原紙工を紹介したから、明日来ると思います。その時はよろしく。」電話に出たスタッフもO氏からの久々の電話で驚き、そのオランダ人の名前も聞かず、何しに東京にいるのかもわからず、ただただ、「はい、わかりましたー」で電話は終了。海外のあれこれを担当している私は彼が来るその日は都合がつかず、英語には抵抗がないであろうスタッフ達に任せ、「来ないかもしれないし、まぁ、いいか。」と、ものすごく軽く受け止めていました。まさかこの出会いがこんなに縁深くなるとは思いもせず。

当日、本当にそのオランダ人は日本人通訳の方と一緒に来て、製本話はかなり盛り上がり、長居したとのこと。篠原紙工に来て何かを感じたらしく、特に新島さんとは気が合ったようです。レーワルデンという街で一人で製本会社を経営する製本家のWytze Fopma (ヴィッツェ フォプマ)。日本の出版社からの依頼で日本語の講壇用聖書を革装丁で作っており、そのための来日でした。これまでも日本人のクライアントとは仕事をしたことがあって、関わりはあったようですが、この時が初めての日本滞在。滞在中、ぜひもう一度会おう、ということになり、私も連れられ、再びヴィッツェに会いにその出版社にお邪魔してきました。そこで彼の作る革装丁の聖書を拝見させていただいたのですが、ヨーロッパの伝統的な製本手法がみっちりと施され、私たちは本の中の写真でしか見たことがないようなものが目の前にありました。講壇用聖書の大きさと重さとその圧倒的な存在感は本というよりも、ヨーロッパの歴史そのものを表しているようです。これを手と機械といえども「たった一人」で作っているのかと思うと、ただ者ではない。

日本を気に入ったヴィッツェは約半年後、友人を連れ今年の3月にも東京に遊びに来ています。その際、篠原紙工に再び招待し、改めてお互いが考えていることを深く話し合いました。彼は初めて篠原紙工に来た際に、並んである本を見て、手製本と機械をミックスさせた制作方法や会社内の雰囲気をすごく気に入ってくて、ここは自分の感覚と合う製本会社だと即座に感じてくれたとのこと。働いているメンバーも活気があっていい表情をしていると。(なんて嬉しいことを言ってくれるのでしょう) 夜な夜な語り合いは止まらず、お互いに交流を持つ気持ちを強めました。彼が帰国してからも連絡を取り合い、そのうち新島さんにヴィッツェの製本スタジオで行うワークショップに参加しないか?とのお誘いがありました。

新島さんがそれに行くと決めてオランダ入りしたのが今年の4月。ワークショップはアメリカ人 tool maker Brien Beidlerによる「tool making/finishing tool」製本や革製品の仕上げの装飾で使う工具を作ろうという内容。日本語での適訳が見つからないのですが、箔押しで使う工具、革製品などにロゴマークとかが箔で施されている、やつ…。(西洋文化の装飾品用の道具は日本語で説明するの難しく、彼のサイトをチェックしてみて)

私も同行し、今年の4月もオランダにいました。私と新島さんはワークショップが始まる数日前からオランダに入国し、ヴィッツェと製本漬けの日々を過ごしました。彼の知り合いのフランス人製本家 Louise Bescondを私たちを紹介しようと、車でブリュッセルまで連れて行ってくれたり、革装丁の基本をレクチャーしてくれたり、とにかく至れり尽くせりで製本ワールドを広げてくれます。話は飛びますが、この後、5月にドイツで世界的に有名な印刷機の展覧会、Drupa(ドルッパ)に篠原さんと社員の岩谷くんが来た際にもヴィッツェはドイツにまで来てドルッパはよく知っているからと進んでアテンドをしてくれたり、オランダの彼のスタジオにも招待してくれたりと、そんなこともあって篠原紙工との縁が深まっています。

話を戻して、面白いことに、4月に行われたワークショップのアメリカ人のBrienも、ブリュッセルまで会いに行ったフランス人製本家のLouise(写真↑)もヴィッツェはリアルな対面で会ったのは初めて。知り合ったきっかけはInstagramでお互いをフォローし合い、オンライン上で友だちになったと言います。Instagramだけで知り合い、アメリカからオランダにきてワークショップをするってよほど気が合わないとできないことだと思うのですが、行動に移した彼らから製本への情熱と仲間意識を強く感じますよね。参加者はオランダ、ドイツ、イギリス、インド、日本、私たちが断トツ遠方からの参加ですが、やはりヨーロッパ、国籍も様々な人が集まりました。

この時もヴィッツェと話していて、すごく印象に残る会話がありました。
「製本の仕事はどんどんなくなってるよ、それはヨーロッパも一緒。紙の本は減ってるし、1冊に高いお金を払ってまで作ろうとする人はそんなにたくさんはいない。安くて適度に良いものをたくさん作る工場はある。でも、機械では実現できないものを求める人はいる。そこに僕たちみたいな人がどれだけ提案ができて、複雑な仕様でも相手の要望に応えられるか、量産の世界ではできないことに自分で価値をどう置くか、その価値をどう伝えるかが大事だよ。」

それに加えて、
「自国だけで気の合う仲間を求めていては製本の世界は狭すぎるよ。今はこうしてSNSもあるし、面白いことやってる人とは積極的に繋がっていけばいいよね。何よりその方が人生は楽しい。BrienをInstagramで見つけた時はクレイジーなやつがいるなと思ったよ。君たちも普通の会社じゃなさそうだよね。篠原紙工の社屋に入った時、すぐにここは波長が合うと思った。君たちは本当に価値ある会社だよ。こうして社員が僕のところに来てくれる事をケイスケ(篠原)をはじめ、他のメンバーも応援している。確実に未来への投資になるよね。世の中はいいなと思っても動かない人もたくさんいるのに、特に会社だと動くのが重い。でも君たちは行動しているところが最高だと思う。」(thanks)

ヴィッツェの日本への愛は止まらず、「僕も日本で働いてみたいなぁ、篠原紙工で雇ってくれるかい?もしくは、さっき電話で今年の9月には大きな仕事が入ることが決まって、これでしばらくは生きていける…ってホッとしたところなんだよ。タツ(新島)とトモコがまた来てくれたらもっと楽しいのに、タツ、またオランダに来て手伝う気はないかい?」

ここまで要所をつまんでざっと流れで書いてしまいましたが、2024年4月のこの会話から9月の今につながります。彼も日本に来たい、我々もオランダに来たい。それではワークエクスチェンジとしてやってみようということになり今、オランダにいます。来年の3月にはヴィッツェが東京に来ますよ。今これを書いているのはオランダに来て3日目、1週間くらいの気分なのですが。ちょいちょいと時折通訳をしながら日々の記録をしています。通訳といえども、私の「なんちゃって英語」よりも、共通のthings you like、共通の仕事、+相手を想う気持ちがあれば言語はさほど重要ではない。私自身の経験でも、WytzeとTatsu(新島氏)を横目で見ていても本当にそうだと思います。


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