綴る

よいかげんな記憶

ブックデザイナー 祖父江慎さんとの打ち合わせの中で生まれた「いいかげん折り」は篠原紙工の代表的な折り加工。
紙をクシャクシャと丸めて、「こんなのを機械で折ってほしいな♪」という突然の無理難題にタジタジしてしまった篠原さんを想像すると、今でもクスッと笑ってしまうのですが、彼の得意とする発想の転換で祖父江さんの要望を解釈し直し、社内で一番尊敬している職人さんと機械を壊しても構わないという条件で「紙を斜めに折る」ことに挑戦したというストーリーがあります。

祖父江さんがどのような意図を持って「こんなの折って♪」と伝えたかは分かりませんが、折り機がどれだけ美しく水平垂直を出せるかを説明されてもそれは機械のスペックの凄さであり、機械屋さんに話を聞きに来たわけではない。その機械の特徴をどう変なことに活かせるか?当たり前のことをどう他に表現するか?篠原紙工は機械の凄さを自慢するところじゃないでしょ?という風にも私には思えました。
確かに、私が逆の立場でも、「へー、機械ってすごいな。それで…なんだ?」と思うかも。ただ、大きな違いは目の前にある紙をクシャクシャ丸めて即座に、(そう、ここで、ためらわずに、すぐに!)お題を出せるのが祖父江さんに憧れてしまうところです。

私は10代の頃、吉田戦車の漫画「伝染るんです」が大好きでした。当時はブックデザインのことなんて何一つ知らなかったのですが、なぜだか、本そのものが物として好きだったのを覚えています。上製本で(記憶が正しければ) きちんとした書籍感があって、カバーがついていたかな…?とにかく、漫画の内容と外身のギャップがあるところが好きでした。同じ絵柄のページが続いていたり、まだまだ子供の私には「?不思議な本だなぁ〜。」くらいでしたが、内容がかなりシュールな大人のギャグ漫画だからこんなことがあってもおかしくはない、くらいに思ってました。

篠原紙工に勤めてから、「伝染るんです」のブックデザインが祖父江さんだった、ということを知り、やっと祖父江さんの意図が伝わった気がしました。紙の質感、カチッとした本の佇まい、表紙は白い紙でシンプルなデザイン、連続したページで読者を乱丁かと思わせて混乱させる…他にもまだあるはず。
ただ、一番尊敬してしまう点は十数年経っても私の記憶や手の感覚には彼のデザインがはっきりと蘇るところ。10代の頃は、変な本だなぁ〜、くらいだったのに、しっかりと読者の心に種を巻いている祖父江さんの力。そんな個人的な想いもあってか、篠原紙工のいいかげん折りの誕生秘話は私の好きなストーリーの一つ。そして、祖父江さんの偉大さを改めて感じてしまします。

そんな私の「伝染るんです」全巻は学生時代の友人に貸したまま、何処へ…。でも、またどこかで巡り合う気がしてます。その際は10代の頃の私自身と一緒になって、隅々まで読み返してみたいと思います。

「篠原紙工のしごと」展
2022.3.9 – 4.10
@六本木 文喫 https://bunkitsu.jp/

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