しごとの交換留学

あっという間に1週間がたちました。Wytze が篠原紙工にやってきて。
去年の2024年9月には新島さんがオランダにある彼のスタジオで仕事を手伝い、この3月はヴィッツェが篠原紙工で私たちの仕事を手伝うという、交換留学みたいなことをやってます。案の定、ヴィッツェが篠原紙工で作業している風景に違和感はありません。違うことと言えば日常では聞き慣れない英語が飛び交うくらいでしょうかね。
お裁縫ならなんでもできてしまうエミさんが社員一人ひとりに合うようにカスタマズしてエプロンをつくってくれるのですが、もちろんのことWytzeのも用意していてくれて、エプロン授与式のようなwelcomeミーティングから篠原紙工での初日は始まりました。

繁忙期と言われる3月ですが、篠原紙工もしごとが重なっていて、機械作業から手作業など盛りだくさん。中にはポストカードを入れるケースの組み立てなどもあります。ヴィッツェにもその仕事を任せているのですが、彼にとったら朝飯前の仕事という感じでしょう。内職は、最初に自分の自然なペースでやったらどれくらい時間がかかるかを測り、次にあえてその倍くらいの時間をかけてやってみる、今度はその中間の長さ、最終的には時間を短くしつつもきれいに仕上がるか、自分の限界点を調整していくと彼は話していました。
現場には手を出さない私ですが、篠原紙工に入社した最初の1年は少しだけ現場に入っていました。最初のしごととしてはやはり内職仕事。私の性分的にも合っていないことはないのですが、スピードが求められると一気に仕事としてのレベルが上がります。内職作業は、まずは自分なりのやり方でやってみて、数冊やってコツを掴んだら、どんなミスが起こりそうか予測するのと、そうしないためにはどんなやり方がいいかを考え、徐々にスピードをあげていく、という方法でした。ヴィッツェみたいに時間をあえて倍にしたり、中間でやったり、短くしてみたりとより正確に自分の速さを客観視するということはしていなかったのですが、もし、そのまま現場しごとをしていたらいつか真剣に自分のスピードに向き合う必要がありましたね。
ヴィッツェは「作業しながら紙と自分の手の感覚を合わせていくんだ。」と話していました。この言葉はとても抽象的ですが、その感覚が根底にあってこそ、スピードに対してもコントロールができるのでしょう。

このヴィッツェとの会話の流れから、私の中で一つ思い出したことがありました。長年勤めている70代の大先輩と一緒に現場に入ったときのこと。その方は社内で職人と言える唯一の人、とは聞いていたのですが、確かに仕事が早くて美しい。私が「どうやったらダンボール一つにとってもきれいに組み立て、確実な位置にテープを貼り、重ねた箱の姿も美しくできるんですか?」 とストレートに聞いたら、口数少ない方ですが「はは、紙の気持ちになるんだよ。」と笑いながら朗らかに返答してくれました。そこで何かハッとした気づきがあるとかそういうことではないのですが、私にとってとても魅力的な返答に聞こえたのですよね。
こうなりたければ、日々〇〇の練習をすると良い、〇〇だから〇〇でこうなる、というような実践的で論理的なことよりも、哲学的にも聞こえる言葉の方が、心に残るというか、自分はどうやってその領域に行けるのだろうか、と考えるきっかけになります。
ヴィッツェの話から飛んでしまいましたが、彼の「紙の感覚を自分の手や体で感じてみる」というのも、社内の70代の大先輩が私に言った言葉も、根底は同じく、長年何かをやって自分なりに創意工夫して得てきた人の真髄なのだと思います。どんなしごとでも、(しごとでなくてもいい)自分の心、自分がどうしたいかを意識して物事に取り組む姿勢はいつも忘れないでいたいです。