敷居が高い
「しきいがたかい」の本当の意味は「不義理で、負い目を感じ、その人の家を訪れるのに気が進まない。行きにくい。」という意味合いです。例えば、身勝手に家出した青年が気持ちが変わっても今さら家に戻れない…みたいな。でも一般的には「高級なお店に入りずらい、気軽に入れない、身分に相応しくない、」という意味で広く使われています。もはやもうその意味合いで正しいとしていいのでは?と思うほどですが、国語の世界ではどうなのでしょうか。
実は「篠原紙工は敷居が高い」そんなフレーズを時々聞きます。えっ、なんで?どんな意味?と思ってしまいますよね。江東区の大島にひっそり佇んでいるただの小さな中小企業なのに?その言葉の裏には、きっと良い意味も含まれているのでありがたいのですが、私としては「篠原紙工ってこんな会社です」ってことをもっとシンプルにお伝えしたく、ここで少し書こうかな。
「敷居が高い」の裏には特殊な加工や複雑な製本でなければ篠原紙工はやってくれなさそう、面白くないって思われそう…。と、そんな心理が働いてしまっているようです。結論をお話しすると、全くそんなことありません!でも、そう思ってしまう方のお気持ちもわかります。確かに、篠原紙工は特殊なこともやっています。他の製本会社さんが断るようなことも「やってみる」というチャレンジ精神をスピリットとしているがゆえ、どう考えても不可能でなければ、どうすればうまくいくか、という考え方でやってみます。その結果、思いのほかできてしまったりして、こちらとしても成功した例をお客さんには事例としてお見せするので特殊なことばかりしている会社、と思われても仕方ないですよね。それに面白いものを見せるとお客さんも喜んでくれるので単純にその方が打ち合わせが楽しい。
でも、本来の私たちの在り方としては、お客さんが何をコンセプトにどんなものをつくりたいかを話し合いで探っているうちに特殊になってしまう、ってことが多いです。もちろんのこと、その逆も。シンプルな製本で余計な加工を入れない方がいいね、という風になることもたくさんあります。私たちが一番大切にしているのはお客さんとの関係性やお互いにとってベストな方法を考えることです。限られた条件で全体のバランスを考えると篠原紙工ではない方がいい時もあります。それでも、お客さんの想いや関係性を優先にして仕事を受ける時も多々あります。なので、最初から「敷居が…」と思わずにご相談いただけるととても嬉しいです。(これが今日いちばん伝えたいことかな!)
機械のスペックや工場側の都合だけで「できます」「できません」をジャッジするのは楽だし、失敗がないから物をつくる会社としては安全安心、その方が賢いかもしれませんね。チャレンジのすぐ側にはリスクもあるのですが、篠原紙工は製本の奥深さや本の世界を拡大させていくこともひとつのミッションとしているので、ご依頼いただいたお客さんの要望を第一に考えながらもを製本の観点から「こんなやり方もありますよ」と提案したいのです。それによってお客さんと篠原紙工、お互いの創造性をより高めていきたい、そんな風にも思っています。どんなご依頼であれ、いつも心はオープンな篠原紙工です。どうぞよろしく!