綴る

お家がいちばん

オランダの製本家ヴィッツェが帰国して1週間。あっという間にエキサイティングな時間は過ぎていきました。彼はアドレナリン過剰かと思うくらい、常に何かをし、動いていました。常にいろんなところにアンテナを貼ってしまう私は彼のペースに引っ張られてしまうところがあるのですが、積極的に話してくれるし、自ら何でも楽しもうという姿勢があるから放っておいても平気というか、迎え入れた側としては気楽でもありました。案の定、カタコト日本語で寿司屋の店主と仲良くなったり、篠原紙工メンバーお勧めの銭湯に行ったりと。なかなか粋な東京ライフを楽しんでいるようでした。

印刷製本業界で25年近くキャリアを重ね、今は独立して1人で量産の製本業をこなしている彼にとったら篠原紙工の実務的な仕事に新鮮さはなかったのではないかと思う。しかもヨーロッパの伝統的な製本の技術も持ち合わせているのだから、我々の方が技術的に教わることは多かったに違いない。でも、今回の交換しごと留学(working exchange) はお互いにとって大きな収穫があり、その結果はまた時間が経ってから出てくる気がしています。

印刷製本業界が厳しい状況になっているのは日本もオランダも同じ。それでも、自分の生きる道として印刷や製本に愛を持って仕事をする人は知恵を絞り、工夫し、新しい価値をつくり見出そうとして一生懸命になる。ヴィッツェもオランダでは何でも引き受ける製本屋ではないし、単価も一般よりも高めなので変わった製本家だと周りには思われていると。どう思われようが自分の心を押さえて仕事をするなんて人生ではない、自分がどうしたいかが大切だとはっきり言う。篠原紙工も同じ。変わった会社を装うとしているのではなく、自分たちが良いと思う方向に進んでいったらそうなってしまった、という結果に過ぎない。しかし、我が道を進むのは決して楽ではない。ヴィッツェもその葛藤する心を常に持っているところがあるから篠原紙工と気が合うのだと思う。まさか、自分と感覚が合う会社が海を超えた遥か東の日本とは想像もしなかったでしょう。「こうして会社の経費を使ってでもworking exchangeをやろうと即座に行動に移す篠原紙工に自分の日本での居場所のようなものを見つけたと感じているよ。」ありがたい言葉を残してくれました。篠原紙工の社風をつくってきた者としては嬉しいです。

面白いことは常に自分の想像や想定を超えたところにある。運命が思いもよらない素敵なところへ連れて行ってくれるから、毎日を楽しく充足で満たした心で生きなさい。と教えてくれた人がいたけれど、本当にそうだと、ヴィッツェとの出会いからよりそのことが確信となってきました。個人的にヨーロッパと縁がある人生を送っているため、仕事でもいつかつながって、面白いことが起きないかな、とぼんやり想像していたのですが、ヴィッツェとの出会いがその一つの結果な気がします。引き寄せる、とはこういうことでしょうか。

帰国後、彼からビデオ電話がありました。 「君たち(篠原紙工)が恋しいよ、でも家もいいね。」

ですよね。母国に戻ったらそれはそれで心地よいでしょう。彼のアドレナリン量も少しは落ち着いたようです。

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