師匠

ヴィッツェは平日は篠原紙工のしごとをこなし、休みの日は新島さんに箔押し加工の技術のワークショップレクチャーを開いています。Instagramストーリーズなどで所々様子はアップしているのですが、小さな画面で作業のほんの一部を見るだけでは何をやっているかわかりづらいですよね。電熱が通ってる手動の箔押しで、フォイルを使うのではなく本物の金で表紙に装飾を施す作業をしています。ハリーポッターや西洋の歴史映画の中に出てきそうな本を想像して欲しいのですが。表紙にクラシカルな模様がついているあの本。ワークショップではその表紙に施されている模様を手でつくっているのです。ヴィッツェが用意した金は8x8cm 25枚で1万円。この金を何度も箔押しで使うとなると、単価は高くなるのも当然ですね。
ヴィッツェは量産の製本会社の経営者(スタッフゼロ)でもあると同時に伝統的な技法に沿って工芸的なことをする面も持ち合わせています。その両方を使い分け、普段はスピード勝負の量産を機械と仲間になってつくっていますが、工芸的な製本を行うときは、時間をかけ、効率とはかけ離れた作業をします。その両方を知っているからこそ、量産でもユニークな本の提案ができるのだと思います。篠原紙工も機械と手加工があるから多種多様で個性的な本にも対応できる、というのは強みでもあります。

ヴィッツェはそれら伝統的な技法や工業製本をオランダ人の師匠たちから学びました。私は前回のオランダ滞在の際に一度お会いしたのですが、今回はヴィッツェが日本滞在中に、なんと師匠が夫婦で日本へ観光へ来てるとのことで篠原紙工にも来てもらい、2度目の再会をしました。
彼らは家族以上に家族のような関係でしごとや機械を引き渡し、受け継ぎ、ヴィッツェが独立した今でも時に助け合っている関係を見ていると、こちらの心があたたかくなります。個人の尊重や意志に重きを置くイメージのあるヨーロッパですが、彼らの関係は日本の師弟関係にも少し近いと感じました。師弟関係とは立場や役職が上とか下というのではなく、お互いに人として尊重し合いながらも何かの「道」を極める上では先に経験した者の伝えることを素直に受け入れ実践し、徐々に自分で考えながら鍛錬していくことですが、その点はヨーロッパも同じのようです。

ヴィッツェが師匠から得たことや尊敬の気持ちを話す際はいつも言葉の隅々まで感謝が含まれているように聞こえます。そんな人に人生で会えることは幸せです。実は人は「師匠」という存在を心のどこかで必要としているのかもしれない、そんなことを考えます。篠原紙工では師弟関係というのは今のところ見当たらずですが、新島さんはヴィッツェから色々学んでいるようです。その技法は今後どこかで活かされるでしょう。
オランダでも印刷製本の業界は若い人の割合がどんどん減ってきているようで、40代のヴィッツェもオランダの製本家の中では一番若いと。篠原紙工のスタッフの平均年齢は30代、そんな職場環境を見て、ぜひこの業界を頑張ってほしい、製本で国を超えて繋がることができる、ということをミーティングで話していました。いろんな業界の後継者が乏しい今、自分の持っている技術や知識はもはや国を超え、言葉が通じなくても心や感覚が合う人に伝えて受け継いでいくことになるのかもしれませんね。