ことばのいぶき
「現実は鏡でしかない。」日々の生活で良いことも悪いことも含めて何か「あれ?」と感じることが起こると、この言葉をよく思い出します。自分の内面にあるものしか現実には起こらないよ、という意味だと思うのですが、現実には不意に、厳しいと感じることや納得できないこともいろんなことが起こります。その時にこの言葉を素直に受け止めることはできるのでしょうか。
大きなことも、些細なことも、一見、自分にとって「良くないこと」が起こってしまった時。外側のせいにすることは簡単で、自分は悪くない、的な考えが一瞬自分を救ってくれるような気もするけれど、悪と善を問いただすことは解決にはならない。起こってしまったことに反応している自分との向き合い方が一番大事なのではないか、と思います。
現実は鏡、という言葉をあれこれ頭で考えずに一旦信じて生きてみると、自分に問うてみる癖がつくというか、この出来事はいったい自分の中の何が現実に起こさせているのだろう、という風になって、内観せざる終えなくなります。(思考の筋トレみたいです。)何事も自分のせいだ、と自分を責め、心を追い詰めるのとは違います。でも外界で起こることのせいにしなくなると、全ては自分次第と思えてきます。内側で起こることが先で現実は後。こう書くと、現実で起こることはすでに過去とも感じられます。ならば内側を常に充足で満たしておくことが一つの幸せつくり方とも言えるかも知れません。
こんなことを書いている私もしょっちゅう愚痴をたれ、時に悲しみ、現実を嘆いたりしていますが、ブーブー気が済むまでエネルギーを出したら、「さぁ、あなたはそれでどうしたいのサ?」と問答を始め、ありたい状態の自分に戻していくしかありません。冷静沈着な自分と向き合うとそれまでの自分が恥の塊でしかないのですが、それはそれで良しとして。
「答えはいつも自分の中に。」本当にそうですね。人には自分の答えを出せる力があると信じています。
「はじまりの風 五十嵐威暢のことばのいぶき」