綴る

仲間がいても幸せ、ひとりでも幸せ

「industrial 工業」と「manual 手動」の両方を使う製本会社というのは少ない。篠原紙工とヴィッツェの共通点の一つはそこです。機械と手の両方を使って、多種多様な本をつくっています。

それ以外の共通点も細かいところでは、整然とした工業的工場というより、人の温もりを意識した環境づくり、まさに彼自身も言っているけど、遊び場っぽい工場の雰囲気、打ち合わせスペースにはキッチンもあって、生活の延長を感じられ、本棚には目を惹く本がたくさんあって、どの本にも語れる背景があります。それに、両社共にクリエイティブな仕事に貪欲である、と私は思う。だからこそワークエクスチェンジなんていうことにもトライするし。感覚やマインドで共感する部分が多いと、国や言語も超えられますよね。ヴィッツェはもしかしたら、篠原紙工に初めて足を運んだ時に、”遥か遠い far east Japan、東京で自分と合う感覚の人たち見つけた”と強く思ってくれたのではないかなーと思うのですが。そうだとしたら、その感性がすごいと思いませんか。

どんな仕事でもそうだと思うけど、製本の裏側にも大変なことたくさんあります。ヴィッツェもトラブルなんて日常茶飯だと。メンテナンスをしていても予期せぬ機械の故障や、先方からの変更、手作業で予想以上にうまくいかずに時間がかかってしまったり。特に彼の場合は雇用をしていないのでたった1人でそれを背負ってます。時々、大きな孤独感や不安で押しつぶされそうになることもあるよ、と話していました。そんな時は、手を止めて、家に帰ることもあるそう。特に大切な案件で神経を使うものこそダメな時はピタリとやめると。確かに、1,000部近い数を扱って、ミスなんか発覚したら弱音を吐きたくなることもあるでしょう。仲間がいれば、互いに励まし合いながらできるかも、だけど、この広いスタジオには基本、ものを話さない機械たちと彼しかいない。

篠原紙工に就職を希望してくる人と、ヴィッツェのところに門を叩きに来る人は同じ感じの人なのではないかなと思い、「これだけ素敵な本を生み出していたら、就職希望の人から連絡が来ない?」と聞いたら、「うん、来るよ。でも、『紙好き、本好き、 個人で製本やってます、 製本に関わりたくて….』それら全て断るよ。単に紙や本、製本好きだけではやっていけない。僕が扱う数は500とか1000部という世界、スピードも必要、体力もいる。その現実の覚悟を持っている人はなかなかいない。数冊を丁寧に、ゆっくりと、という世界ではないから。人がいる利点もあるだろうけど、人を雇うのは大変、今はないね。」
はっきりというところが清々しい。というのが私の感想。トラブルや扱う数の多さにへこたれないタフさと時間単位でいくつ仕上げることができるかというスピード感覚は篠原紙工でも必須。同じ作業の繰り返しが仕事の一つともいえる。その上、単純な仕様ではないものを扱うことを会社の強みとしているから、毎回つくり方が違ったりと、それを楽しめる人でないと、毎回の仕事がチャレンジすぎて人によってはキツく感じるでしょう。篠原紙工は人を必要とし雇用をしているので単に紙好き、製本に興味がある、という人にも扉は開けますが、ヴィッツェのいうことは非常に共感、理解します。先にも書いたよう、どんな仕事でも言えると思うのですが、蓋を開けてみたら現実は厳しいこともあるということです。仕事を始める最初の理由はどんなことでもいいと思いますが、現実を受け入れる覚悟、その世界の仕事を自分なりに工夫したり、困難を乗り越えた後に一味違う楽しさと喜びが待っていますよね。

人を雇う、1人でやる、いろんな会社経営があります。雇用をすれば、自分が他の用で手を動かしていない時間があっても、作業は動くから良い点もたくさんありますが、その一方で、月の売り上げが厳しくても経営者は一定のお金を社員に毎月払わなければならない。それに、人が増えれば会社の考え方や価値観の共有、クオリティー維持、自分のやり方に合わせてもらうことなど見えない部分のコントロールも必要になってきます。それらは彼にとって重すぎると。1人だったら何とかなるけど、給与を支払うために自分が外へ出て仕事を持ってくる羽目になったら、自分が製本をする時間がなくなる、そんなことでは何のために仕事をしているのかわからなくなってしまう。彼の「やりたくないこと・やりたいこと」は、はっきりしています。とても強く私の心に残った彼の言葉は「僕は本が好きなんだ、本に触ってっていたいんだ。」

人を雇う利点よりも孤独や不安、自分の弱さと向き合いながら製本を生業として歩んでいくと覚悟を決めた人の言葉は聞いていて気持ちがよく美しい。自分の人生を生きています。仕事がうまくいかなくて早めに切り上げる日でも、フリースラントの美しい田舎道と酪農風景が彼の心を静かにリセットしてくれているに違いない。彼の大好きな4輪バイクは決してスピードのスリリング感を楽しむものではなく、嬉しい時も、悔しい時も風を切りながら自然を五感で感じるための大切な仲間なんだろうなと思う。

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