綴る

本「ひかりのとびら」

今回こちらでご紹介する本「ひかりのとびら」は製本仕様やデザイン案を出すところから私もご一緒させていただきました。アイデア出しから本の形になるまでの流れ&私が感じたことのお話です。これから篠原紙工で本をつくりたいという個人の方にも参考になるかも?と思ったのでここに綴りますね。

約2年前にお仕事をご一緒したことがきっかけで知り合ったデザイナー、アートディレクターの鈴木理早さんからのご依頼。当時はイベントのパンフをつくるという仕事で、その時のグラフィックを担当されたのがリサさんでした。初めてお会いした時、柄物のお洋服をうまく着こなし、整った艶のある黒髪でキリッとした感じの中にも、わたあめのように甘く柔らかい雰囲気がある女性…と第一印象で感じたのを覚えています。そして、目に見えない世界のお話も理解がある方で私の中では勝手にお仲間と思っていました。

時は過ぎ、今年の2月か3月くらいにリサさんからメッセージを頂きました。しばらく連絡をとっていなかった誰かからメッセージが届くのってなんだか楽しい気持ちになります。ワクワクしながらメッセージを開くと、ご自身がある身体表現を通して感じたことを文章にしたものを本にまとめたい。でもまずはトモコさんに読んでもらいたい、と。なんとも嬉しいご依頼です。後日、さっそく再会し、互いの近況を話しながら、原稿を見せてもらいました。

まだ世に出てなく、ペラ紙の束をクリップで止めただけのものを読む時って秘密を打ち明けられたような気持ちになります。原稿の一番上には「光のとびら」とタイトルが書かれてあり、本文にはイラストと写真も入っています。内容は一言では表せないのですが、シアターワークという身体表現を通して自分自身のより奥深いところにつながり、意識や肉体を俯瞰しているような体験をされ、そこに至までのエッセイ。(と私なりの理解ですが)私自身も読みながら、自分の意識は実は(肉体を持っている)自分とは分離していて、チグハグなまま生きているのかもしれない。というか、まさにそれだと思います。自分自身の「感覚」をもっともっと掘り下げる、もっともっと精妙に自身の内面を観察してみる価値はあるのだ。そんなことを文章から感じました。社内でも原稿を共有し、製本は新島さんが担当。彼は原稿を読んで、「シアターワークって、おもしろそうだね。本にするならば、キラリと輝き感を出した本のイメージがわくかな。オーロラ…シルバー、ふわっときらめき感で」との声が出てきました。

リサさんのアイデアや希望をもとに新島さんと私の3人での打ち合わせを重ねました。本の内容から浮かび上がるイメージを言葉にし、実現させたい理想を語り尽くした後は予算や条件によってどんどん絞り込んでいきます。印刷方法、製本の仕様、紙選び、箔などの装飾、その他にも納品した後はどんな形で誰に届けるのか、関係者に配る物なのか、展示での限定販売なのか等々、後のことも含め多方面を考えながら本づくりは進んでいきます。

今回、最終的に製本仕様はガンダレ表紙といって表紙の紙を横長めに取り、長く取った分を内側に折り込んであるものにしました。表紙には丸型の抜き加工。見返しにオフメタルというわりとギラギラ感のある銀色の紙をはさみ込み、光の中に引き寄せられるような表現を出しました。予算内で色違いもできるのでメインは銀、金は少部数だけ、とちょっとした遊び心も含まれています。本文は無線綴じでよく目にするシンプルな製本方法ですがガンダレ表紙で厚みが生まれることによって冊子ではなく「本」を持った感じが手に伝わります。小口側にチリもあるので、持った時に上製本のような触り心地もあります。厚みやチリがあるかないかで本を持つ感覚って全然!違います。

打ち合わせではこれまでの制作事例を参考にしながら、手のひらサイズの小さな紙見本帳の束で色合わせたり、質感を確認しながら進めます。箔押しも見本で色と輝き具合いを合わせながら各工程の仕様を決めていきます。お金さんとのバランスもとても大事で、大変悩ましいことなのですが、話し合いを重ね着地点を見つけます。今回、リサさんの本では、本番に入る前の試作として束見本をつくったのですが、やはりこの束見本をやるか、やらないかってぜんぜん違います。もちろん、束見本をつくることにも費用は生じてしまうので、そこを削ってしまいたくなる気持ちはわかるのですが、少しでもイレギュラーなことをする、もしくは話し合いだけではイメージが湧きにくい場合はぜひ束見本という工程を入れることをおすすめしたいです。

今回、束見本が仕上がってきた時、なんとなく打ち合わせでイメージしていたものとちょいズレがあるように感じました。懸念していた点が案の定あまり良い感じにならなかったと目に見えて気になることもあるのですが、それだけではない、もう一歩何かしっくりこない。「なんか」という感覚だけに頼らず束見本を参考に打ち合わせを重ね、修正を加えていくと、最初に選んだ紙質とは全く違う紙を選んだりと変化としては大きいですが、束見本があると決断がしやすくなり、具体化が一気に進みます。

今回、最終的には最初に選んだ紙とは全く違うスタードリームFS-オパールという紙を使用しました。この紙がまたとっても美しいのです。スタードリームは15種の色があるのですが、どれも上品でエレガント、マットな感じなので落ち着き感もあります。表面にメタリックパール加工がされているため、紙なのに立体感が出ます。紙で立体感というのはまさにこのパール、まるで真珠の粒子が紙の上に乗っているのでは?と思うほどの宝石感ある紙。光の当て方や照明によって色の出方が異なるように見えます。「オパール」は白をベースに角度によっては七色に輝くような、オーロラ感も出ています。この本にはぴったりの紙です。

表紙には箔押し加工がされているのですが、スタードリームの上に箔押しが施されている色校正のペラ紙を見た時、「これはいい感じになる」とイメージが湧いてきました。ただ、やはりまだテスト段階なのでペラ紙と言ってしまえばそれまで。そして、ようやく最後の最後、本になったものを篠原紙工の現場で見た時は感動でした。1枚の紙の時とは表情が全く違って、本「ひかりのとびら」が生まれました。と言わんばかりの姿になっていました。打ち合わせではやはり言葉だけですし、見本帳や制作事例がいくらあってもお客さんも、私たちもお互い各個人のイメージだけしか話は進められません。実物が出来上がってきた時の納得感や気持ちの高揚は楽しい瞬間です。

背表紙のデザインやタイトルもその本のコンセプトによってはあったりなかったりですが今回は本棚に並んだ際にもわかるようにと銀と金1本の線をそれぞれ箔押ししました。縦並びにされてもキラリと輝いてます。

久しぶりに1冊の本の工程を完成まで見届けましたが、誰かの内側にある物語、体験、思考、を文字にし、紙に落とし、それが今度は本という立体物になる。それまでは空中に浮かぶ霧のようなものが人の手により本になった途端、魂が入るって表現しても大袈裟ではない、私は心から本づくりの現場にいて思います。「ひかりのとびら」はリサさん個人の体験を綴ったエッセイですが、自分と重ね合わせながらも読めるとても興味深い内容です。読んでいると実は自分と離れてしまった「意識さん」が喜んでいるような気もしました。詳しくはこちらもぜひご覧ください。

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