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本「はじまりの風 」

本「◯◯」のタイトルが続きますね。こんにちは。
7月から篠原紙工のSTORESで本「はじまりの風」が販売されています。企画・造本は篠原紙工の新島龍彦、デザインはグラフィックデザイナーの三橋光太郎、編集に坂井佑有の3人の共同作で誕生した「はじまりの風」。この本が制作に至るまで長い熟成期間のようなものがありました。何事もベストなタイミングで物事は起こるといいますが、この本も時間をかけて再び紙の本になりました。

「はじまりの風 / 五十嵐威暢のことばのいぶき」は彫刻家・デザイナーの五十嵐威暢さんが2011年の震災をきっかけに若いデザイナーやアーティストに向けてTwitter(現:X)で数年間、毎日発信していたつぶやきを編集したもの。遡ってお話をすると、一番最初のスタートは2013年に株式会社 竹尾さんで企画された「五十嵐威暢つぶやき本プロジェクト」が起点となっています。

2011年から五十嵐さんがつぶやいていたころ、篠原紙工の新島さんは多摩美術大学の学生で、しかも五十嵐さんがその当時、多摩美の学長をされていたことを知らず、Twitterでのつぶやきを通して「こんな人が自分の通う多摩美の学長なんだー。」とそこで初めて学長であり、五十嵐さんの存在を知ったくらいだったと。でも五十嵐さんの発信する言葉がいつも頭に残り、徐々にその言葉の放つ力強さにに魅了され、いつもTwitterをチェックするようになっていました。

時は流れ、新島さんは大学を卒業し、竹尾さんでアルバイトをしていた頃のことです。「五十嵐威暢つぶやき本プロジェクト」というのが立ち上がりました。あの五十嵐さんのつぶやきの言葉を編集して、何人かのデザイナーがそれぞれの装丁デザインをし、東京アートブックフェア(2013)で販売するという内容です。新島さんもそのプロジェクトに携わり、「ことばのいぶき」というタイトルで装丁デザインを手掛けましたが、本人的には心から満足いくようなものではなく、いつか、将来もう一度きちんと本をつくりたいなとぼんやり考えていたといいます。

Yell も2013年の東京アートブックフェアで出されたもの

話は少し脱線しますが、私が五十嵐さんの言葉に出会ったのは数年前、会社で新島さんと仕事をしている時の雑談からでした。新島さんが「五十嵐威暢さんというデザイナーの方が過去にTwitterで発信していた言葉が本当に良くて、いつか本をつくりたいと思っているのですが、もしよかったらこれ読んでみてください。」と手渡されたのがA3サイズ17枚の紙にびっちりと小さな文字で書かれた五十嵐さんのつぶやきでした。つぶやき数2,000近くあります。その当時、篠原紙工の在り方や社内のマインドのことで考えることが多かった私にとって、勇気と背中を押してくれるような言葉がたくさんありました。夜寝る前に読んだり、落ち込んだ時に引っかかる言葉を探して、自分との対話で五十嵐さんの言葉を使わさせていただいてました。デザインやアートを学ぶ若い人たちに向けての発信といえども、五十嵐さんの人生哲学はどんな人にも入ってくる言葉でした。このA3用紙の束は大切に私の本棚に入っており、新島さんがいつか本にしてくれることを楽しみにしていました。

背景にはそんな過去があり、ついに完成した「はじまりの風」。この本には通常版と特装版があります。通常版は広く、たくさんの方々に五十嵐さんの言葉が届くようにという願いも込め、馴染みのある価格になっています。一方、特装版は箱に入れる仕様で、内容は通常版と同じですが、製本、表紙の素材や本文の紙は全く違うものを使用しています。新島さんは聖書のように机の上に置いてじっくり読むような本にしたいと言っていました。その考えから本の開きは良く、机の上に置いても平らになるので、ゆっくりと1ページづつめくれるようになっています。とっても薄い紙を使っているのですが袋綴じなので薄い紙といっても辞書で使われているような紙の薄さではなく、触ると薄さを感じつつも程よい厚みが指先に心地よく馴染みます。本のページをめくる行為が自然と美しい所作になる、そんな風に設計されているのではないかと思わず表現したくなります。五十嵐さんが数年にわたり毎日言葉を紡ぎ出したエネルギーを受け取り、それに対する敬意と新島さんの創造性と愛が加わったアート作品の一冊です。

特装版

この本は2024年7月20日に五十嵐さんの出身地であり現在もお住まいの北海道で行われた五十嵐さんのお誕生日、傘寿を祝う会で初めてこの世にお披露目となりました。パーティーには五十嵐さんと交流の深い方々が各地からたくさん集まり、その方々へのお礼のプレゼントとして「はじまりの風」(通常版)も配られたのですが、みなさんとても喜んでくださり、新島さん、三橋さん、坂井さんの3人もこの上ない喜びで気持ちが溢れていたことでしょう。

「はじまりの風」通常版と「ことばのいぶき」(2013)カバーを外すとシルバー

誰かの発したエネルギーはどこかで誰かの原動力になる。「エネルギー不滅の法則」という言葉が私の心の中に浮かび上がりました。新島さん、三橋さん、坂井さんの打ち合わせや進行状況を篠原紙工の一仲間として横から時々見聞きしていましたが、ひとことでは言い表せない、3人とも労力も神経も大きく使っているようでした。それぞれの本気、真剣さが時に心地よく、時に困難を生み出しているようにも見えました。でも、五十嵐さんが発していた言葉もある日突然出てきたものではない、そこに至るまでにさまざまな経験や思考があったからこそつぶやきに強い熱量が生まれ、時を経て若者3人を本気にさせ、本をつくるまでに至ったのだと思います。3人の打ち合わせから伝わってくる熱量と同様の熱量をきっと五十嵐さんも持っていらっしゃったのだと私は感じています。「つぶやき」というデジタルから「はじまりの風」という紙の本に変化し、この熱量は次に誰に届いて、どんな形になっていくのでしょうか。未来が楽しみでなりません。

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