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自分だけの特別な本になる時
時間と共に馴染む本
詩人・谷川俊太郎さんの本「あたしとあなた」。
この本のブックデザイン担当は名久井直子さんです。
デザインを形にできるところをと、版元のナナロク社さんから相談があり、一緒にお仕事をすることになりました。ナナロク社さんとは以前にも『おやすみ神たち』『川島小鳥写真集 明星』と、特徴ある製本の書籍を形にしてきました。
クロス貼りの上製本で表紙に箔が施されているところが素敵な本。
しかし、顔料箔は擦ったりすると色が落ちてしまいます。製本の目線で考えると箔の色が落ちてしまうのはよろしくないことですが、篠原はデザイン的に色落ちの風合い感が良いところなのだろうと解釈し、そのまま制作をすすめ、完成に至りました。
この本を納品した後、篠原は個人的にこの詩集を読み込み、手が頻繁に触れる部分の箔が落ちている感じや本文の紙の色が時間とともに変色しているのを見て、自分の物として本が馴染んでいく心地良さに気づいていきました。まるで、ジーンズや革製品が経年変化を起こして愛着が湧くように。読めば読むほど、自分のものになってくる本。
製本工程もデザインのひとつ
数年後に本の状態がどうなるかを予想して、この本がデザインされているという新たな気づきは、色落ちや紙の脱色は単なる劣化としか捉えていなかった篠原の考えを覆すものでした。紙加工や本の製造自体もデザインの一部であり、単なる本という形(物体)を作っているだけではないという、考え方を変えるきっかけにもなりました。
電子書籍に紙の本は負けてしまう…その当時、そんな葛藤が心の中にありましたが、勝ち負けではなく、紙の本だからこそ心に残るものを作ることができる。それにはやはり、相手がどんな想いがあって本を作りたいのか、技術だけでなく相手の心に寄り添って作るスタイルが確立されていきました。篠原は「もし、この(あたしとあなた)本を納品した直後だったらこんな言葉は出なかっただろうな。自分も一読者として読んだからこそ、そして制作側にもいたからこそ、気づいたんだよね。」と…。
担当 : 篠原慶丞
この書籍を担当した頃の私は、将来的に紙の本は電子書籍に駆逐されると危機感を感じていたのですが、本は読む人の心だけでなく、身体にも馴染み、変化していく奥深さを知ることで、それ以降、紙の本の価値を信じるようになりました。