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抽象的な言葉を形に、デザイナー 髙田唯さんとの仕事
CDのないジャケット
印刷加工連のメンバーでもあるオールライトの髙田唯さんがアーティストno.9のCDジャケットを手がけることになり、篠原紙工へ制作の相談がきました。
紙のCDジャケットなのですが、中にCDは入っておらず、開くとQRコードがあり、そこにアクセスすると音源がダウンロードできるという新しいスタイル。音楽という物質でないものを売るからこそ、ジャケットには価値がある。no.9城 隆之さんのコンセプトのもと、制作の話し合いが始まりました。アルバムタイトルは「Switch of LIFE」。髙田さんと城さんの間でのラフスケッチを見せてもらうと上製本の中に本物のスイッチが入っているデザイン。担当した篠原はどんなに削るところを考えたとしてもこのデザイン案だと予算的に難しいというのが正直な印象でした。髙田さんのアイデアやビジョンを聞き出すために岩本町の喫茶店でパフェを食べながら「今回のCDジャケットデザインで譲れないものは何?」と聞くと「うーん、…(ジャケットの) 厚みかな?」と。物としての存在感が欲しいから分厚くしたいとのことでした。
いちばん表現したいことは?
予算を考慮すると本物のスイッチを入れることは無理ということで、代わりにグラフィックで表現することに決め、その内容で見積もりも出し、この方向性で動こうとした際に、髙田さんからの突然のストップ。「あれっ…このジャケットでスイッチにこだわることは重要だったっけ?」
アルバムタイトルに引っ張られてスイッチにこだわってしまったけど、そもそも、CDという物でない形で音楽を売るから、ジャケットは物として存在感を出すことに意味があるという出発点だったのでは?そして、本来CDが入っているべきところには何もないという、今までの概念が崩れかけている音楽界の現状、そっちの方が伝えたいことなのではないか?ここまで、かなりスイッチということにこだわってきたのにも関わらず、この案は途中で変更されました。
デザイナー・髙田唯さんの世界観
篠原は数々のデザイナーと仕事をしていますが、髙田さんは独特なデザイナーだと言います。初期段階でコンセプトをものすごく深掘りするのに、何か新たな考えや疑問が出てくると、切替えがすごく早い。印刷製本の制作現場のこともよく知っているという背景もあるせいか、技術的にできる?できない?という段階でも「できない?それなら、こっちは?」という具合です。こだわりを持つということがデザイナーという職業においては大事なことのようにも思えるのですが、髙田さんは根っこの大事な部分さえあればあとは柔軟に発想を変える、という印象です。そして、打ち合わせで数々の仲間を巻き込んで決めた話でも髙田さんの一言でガラリと変わることもあると。しかし、なぜか周りの人も自然な形で納得し、その変化についていけるという。それだけ自分の世界観に人を巻き込むことが自然にできてしまうデザイナーさんなのでしょう。
今回の案件でも篠原からの形の提案は全く必要なく、髙田さんのデザインコンセプトや思い描くビジュアル、抽象的な言葉を一つ一つ読み解き、立体物に落とし込むという共同作業。髙田さんは製本の技術については一切口にせず、篠原は髙田さんワールドにハマりながら作ることに専念できました。そして、タイトなスケジュールだったにも関わらず、メンバー全てがそれぞれの役割と能力を無駄なく発揮できたことにも喜びを感じられた案件でした。
*印刷加工連(http://www.inkaren.com/)のPV音楽はアーティスト no.9によるものです。
No.9さんからのコメント
Switch of LIFEのジャケット制作にあたって by no.9
重量感のある紙を使った約3センチもの分厚い「Switch of LIFE」という作品パッケージ。
音楽という空気振動を手に入れるということを、「出来事」として質量と存在感のあるものにしたかったのです。
ここにはCDが入っておらず、もっと言えば音楽すら入っておりません。
ダウンロードコードと、紙という素材を使った篠原紙工さんはじめ印刷加工連の皆様のアイデアと技術がここに込められています。
丁寧な仕事と、こだわり抜いたデザインは、僕が長い年月を注ぎ込んできたこの作品に更なる命を吹き込んでくださいました。
音楽をいつでもどこでも手に入れられる時代、いや、流れていく情報のように音楽を手に入れない時代へのひとつのメッセージが込められているのです。
そんな無理なお願いを快く引き受けってくださった印刷加工連の皆様に改めて心から感謝いたします。
髙田唯さんからコメント
篠原さんとはもう8年以上のお付き合いになりますが、いつも必ず発見が生まれるので、完成するまでのプロセスごと楽しませていただいてます。
no.9さんのこのお仕事で特に意識したのは、コンクリートのような〝角のたった塊〟にすることでした。篠原さんからご提案いただいた製本方法には、写真からもわかると思いますが、細やかな工夫があちらこちらに施されています。
担当 : 篠原慶丞
他にも多くのプロジェクトで関わってきた髙田さんだからこそ、言葉がなくても意図を汲み取ることができ、とても気持ちよく進めることができました。今案件はプロダクトとしても非常に完成度の高い物ができたと思います。