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1円の本
「価値」というテーマで装丁を考える
雑誌『広告』は“広告”という名前にも関わらず、広告についてはほとんど取り上げていない、面白い雑誌です。「いいものをつくる、とは何か?」を全体のテーマとし、この号では「価値」について綴られています。
いつも興味深い案件や様々な方を紹介してくださるのは平和紙業の西谷浩太郎さん。紙、印刷、製本加工技術を駆使して雑誌『広告』を作りたいというクライアントの要望で、今回も西谷さんから篠原に声がかかりました。「価値」というイメージからどういう本の装丁をしていくか、そこから話はスタート。打ち合わせではデザイナーの方々のアイデアに対し、篠原が技術的に可能かどうかの答えを提示し、自身の中でも「価値」を製本で表現するにはどのような仕様が適しているかを考えていました。
どのデザイナーさんからも共通していたことは「もの」としての存在感は出したいということ。そのためにページ数は増やしたい。しかし、ハードカバーのような高級感で価値を出すことは趣旨とは離れてしまうため、装丁はできるだけシンプルに。紙の束、厚み感を出したい、ということから天のり製本の案が出ました。篠原が天のりは壊れやすいことを説明するとデザイナーの方は「壊れてもいい」と。しかし、壊れてもいいのか、壊れた方がいいのか、(コンセプトによっては壊れることに意味があることもあるので)このふたつには大きな違いがあります。先方にその意を聞くと「壊れてもいいけど、できれば壊れない方がいい。」この言葉から、篠原はスケルトン装を提案。
スケルトン装とは、本の背をPURという透明な糊を使って綴じ、背表紙をつけず背がむき出しになっている製本のこと。透明な糊なので背から紙の層が見えることから篠原紙工で「スケルトン装」と名付けました。
東京と京都、協力会社とのチーム連携
スケルトン装で仕様も決まり、制作チーム編成は篠原に委ねられていたことから、印刷は美術印刷で有名なサンエムカラーの篠澤篤史さんに依頼。そして、他にも篠原の中で「いつかこの人と仕事がしたい」と心から願っていた方が思い浮かびました。京都にある藤原製本さん。機械メーカー主催の海外視察などでご一緒させていただき、その際にお互いの考え方で共通点も多くあったことから、篠原の中で一目置いていた方でした。藤原製本さん、サンエムカラーさん、両社ともに京都ということで運送などの点からも効率がよく、この案件は藤原さんしかいないという気持ちと同時に、願いが叶ったことを嬉しく思っていました。
そして、PUR製本の工程では埼玉の本間製本さんに協力していただきました。この案件は篠原紙工にある設備では全部数を制作することが難しく、協力会社さん無しにはできない本でしたが、製本においては篠原がハンドリングをし、協力会社さんと密に連絡を取りながら進めました。藤原製本さんでは「折り」を、本間製本さんでは「PUR製本」、1冊の本ができるまで、京都と東京を行き交います。それに伴い篠原もその都度、各会社さんの制作現場へ立会いに行き、束見本などで最終的な仕上がり感を説明はしたのですが、スケルトン装なんて見たことがないことから「篠原さん、これでいいの?」と言われます。
篠原紙工では、本がベストな形になることを目的として、その意味を踏まえた上で通常、製本業界ではやらないような仕様を試み、特殊案件にも生かしているので「えっ、これでいいの?」という言葉は内心、創造心をくすぐられる瞬間でもあります。そして、自信を持って「そう、これでいいのです。」と答えています。
制作現場では工程が分割されると自分たちの仕事が最終的にどのような形の本になるのかが見えにくいことが多々あります。そのため、篠原は最終的に仕上がった雑誌「広告」を各協力会社に送ると、制作現場の方々から「最終的にこんな面白い本になるとは思いませんでした。この仕事に携われてよかったです。」という喜びの声をいただきました。この声に私たちも嬉しくなります。
価値とは?
そして、この「広告」にはもうひとつ、興味深く、考えさせられることがあります。価格が1円なのです。1円でも価格がつくということは流通にのる。篠原は「僕らは、ものを作ることが仕事なので、『良いもの』を作ることが価値と思っていたけど、もっと深く『価値』とは?と考えるようになった。」そんなことを話していました。
いいものを作ることも大切ですが、篠原紙工では制作過程で生じる様々な人間ドラマにも価値を重んじているところがあるかもしれません。
「1円の本」みなさんはどのように価値を考えますか?
担当 : 篠原慶丞
自社の制作現場が動かないからこそプロジェクトの趣旨を自分の中で明確にし、加工において重要なポイントを翻訳すること。そして協力会社の担当の方だけでなく作業を担当するオペレーターの方々にも伝わるようにコミュニケーションの仕方や頻度に気を使いながら進める事ができ、自分が大切にしたい仕事の進め方というのが今まで以上に腑に落ちた案件となりました。