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新しい意識の始まり、朝やけの景色から生まれた詩集
岐阜県「あさやけ出版社」との出会いから始まる
詩集「石」と「聲」。これは岐阜県で養豚場を営み、詩人としても創作活動をしている石原弦さんという方の初めての詩集。新島が兼ねてから訪れたいと思っていた岐阜在住の柳川杏美さんの和紙工房を訪ねた際に、柳川さんから「庭文庫という面白い本屋さんが恵那市にありますよ。」と紹介され、興味の赴くままにその本屋さんへ行き、店主の百瀬雄太さんと本にまつわる話をしていると、彼は「あさやけ出版」という出版社をちょうど立ち上げようとしていた時でした。その後、百瀬さんから本制作の連絡があり、初めての打ち合わせの際、「新島さんに弦さんの詩集の製本を頼んだら、想像以上の本を作ってくれそう。」この嬉しい言葉に新島は心動かされ、石原さん、百瀬さんご夫妻、新島の4人の長きに渡る詩集制作が始まりました。
この詩集はあさやけ出版初の本。新島は詩を何度も読み、内容を咀嚼しながら自分がどう感じたかを本に落とし込んでいきました。今までも本づくりは何度もやってきて、それなりに自分の提案が通ることが多かったけれど、今回はそう簡単にはいきませんでした。百瀬さんたちの意見を十分取り入れた本のデザインであるにも関わらず、相手がどこかで納得していないのが感じられ、話し合いは長期に渡りました。石原さんの良さが出てない、何かが違う。抽象的な疑問や問いかけに新島はかなり苦戦をしましたが、時間がかかって非効率であれ、作りたいものを作る。これだけはお互いの強い共通認識でした。
百瀬さん夫妻は、石原さんと何度も言葉を交わし、百瀬さんは自身の魂を通して彼の持つ詩の世界観をすぐ側で翻訳するかの様に言葉で表し、その言葉から本という最終的な形に生み出す流れをとても丁寧に、微細なところにまでも妥協をせず気を注いでいました。新島は石原さん・百瀬さん夫妻と正直で率直な想いを伝え合い、彼らと向き合う中で強く印象に残ったのが百瀬さんの「僕は真夜中や、昼間に、まるで魂の癒しの様なものを求めて弦さんの詩を手に取るんです。」という言葉でした。新島はそれを受け、真夜中に詩集を開く百瀬さんの姿を頭で思い描きながら、その手の中にある詩集はどうあるべきだろうかと考え、試行錯誤を続けました。
長い対話から生まれた2冊の詩集
今回の本づくりの対話を通して、新島自身も彼らから自分の新たな面を引き出され、自分の中で本作りの意識に小さな変化が生じたと言います。同調するように新島の提案した詩のレイアウトに触発された石原さんにも変化がありました。元々この詩集は「石の聲」というタイトルで1冊の予定だったところ、石原さんの「本のレイアウトのために詩を綴る」という新たなアイデアから、「石」と「聲」の2部作になったのです。
新島は「今までの本づくりとは全く違って、対話をする度に全く新しいことが生まれていく。初めて、本当に本作りをした気がした。」と振り返って話します。
朝やけを通して実は全て繋がっていたかもしれない
百瀬さんと石原さんが出会う前から「あさやけ出版」という名前は決まっていたのですが、石原さんが詩を書き続けるきっかけとなった詩のタイトルも「朝やけ」、百瀬さんは「朝やけを見ると世界に祝福されている気がする。」とおっしゃっていました。
偶然の出会いが重なり詩集を作ることで4人は集結したけれども、出会うはずの、もっと前から同じ朝の風景を見て既に繋がっていたのかもしれません。
和紙職人、出版社、詩人も、全て岐阜県という背景やその土地から沸き出るエネルギーも入って完成した本です。
担当 : 新島龍彦
『石』と『聲』の制作、石原さん・百瀬さん夫妻とのやりとりは、わたしにとって濃密で、大変な時もあったからこそ、そこを抜けたときの明るさと清々しさは格別なものでした。
本が完成した今でも、まだなにか終わったような気がしないのは、この詩集がこれからどうなってゆくのかが、楽しみでならないからです。
弦さんの詩が、百瀬さんたちが弦さんの詩を通して見た景色が、色んな人の心に届きますように。