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本気の覚悟が伝染した、いいかげんな折り加工
ここ十数年で篠原紙工が受ける仕事は大きく変わりました。製本として技術的に「できる・できない」だけでジャッジするのではなく、クライアントは装丁で何を表現したいのか?という根本を問い、考えて製本をするという方向性になっていきました。振り返れば、「いいかげん折り」という折加工をしたことが今の篠原紙工のスタイルの原点だったともいえるかもしれません。
いいかげん折りは雑誌「デザインのひきだし」で人気の連載コーナー「祖父江慎の実験だもの」から始まりました。製本折り機を使った実験企画に篠原紙工が参加し、編集長の津田さんと、ブックデザイナーの祖父江さんの事務所で打合せをした時のことです。篠原が折り機の仕組みや精度を細かく説明し終えると、祖父江さんはおもむろに目の前にある紙を手でくしゃくしゃと丸め、ポイッと机の上に投げ出し「機械でこんなの折って欲しいな。」と一言。「なにをいっている…?たった今、折り機がどれだけ水平垂直を美しく折れるか説明したばかりなのに!」祖父江さんの意味不明なリクエストに、篠原はかなり焦ったようですが、「できません。」なんてかっこ悪いことはいいたくない、という気持ちが頭をフル回転させ、お題に対する答えを必死に考えました。
その後、冷静になって出た考えというのは、祖父江さんは、くしゃくしゃっとしたものをそのまま再現してほしい、といっているのではなく、手でくしゃっとした状態を折り機で表現してほしい、ということなのかもしれない。それならばこのクシャクシャ感を折り機で表現するにはどうしたらいいか?と視点を変えることでした。折り機の部品を外してななめの折りを何度か繰り返すことで、ズレ感、クシャっとした感じが出せるのでは?と。
折り機の部品を外すというアイデアを社内の折り機担当者に相談するも、「できない。」のひとこと。その社員は篠原紙工で随一の技術力を誇る古館利之。先代からの社員で篠原より社歴も長い大先輩。篠原は、この人の技術なら何とかなる、と信じていたので、「この実験で折り機を壊しても構わない。」と自分の覚悟を必死に伝えました。すると彼は「よしっ」と、うなずき、なんとか試みてくれました。数日後、誇らしげに篠原のところに持ってきたものを見ると、その折り加工は紙がきちんとななめに折れており、理想通りにかなりバラバラで完璧でした。さっそく祖父江さんに経緯をお話しすると、とても感動して喜んでいただけました。因みに、この「いいかげん折り」という折加工の名前はその時に祖父江さんから名付けていただいたものです。
担当 : 篠原慶丞
この案件は今の仕事のスタイルの原点となりました。最初に「くしゃくしゃを表現すれば良い」という発想に出会い、物事を単純化することが大切だと気づかされました。次に、機械を壊してでも古館に全幅の信頼を寄せたことで、感動が生まれました。「できる方法を探す」というポジティブなアプローチが問題解決を導いたと思っています。