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以心伝心で出来た本
中途半端な位置にある「本の帯」で作品の重力や浮遊感を表現したい
これまで多くの美術作品集を手がけ、設計の段階からその作家の作品性にあった本を作ることを大切にしているデザイナーの小池俊起さん。ところが、それを基準にデザインをしていると通常の書籍制作のプロセスではできない特殊なオーダーをすることも多い。
今回、池内晶子さんの作品集においても小池さんの装丁に対する強い想いがあり篠原紙工にご相談いただきました。
池内晶子さんの作品は絹糸を用いて空間を演出するインスタレーション。壁から壁へ張り詰めた絹糸はまるで宙に浮かんだように佇んでいます。このような緊張感や反重力的な浮遊感、そしてその作品を見た人の体験を本の中に表現したいという視点から小池さんの装丁デザインは広がっていきました。
通常、本の地側に揃える本の帯。小池さんはそこに注目し、この帯で重力や浮遊感を表現しようというアイデアが思いついたという。天でもなく地でもなく中途半端なところに帯を固定。果たしてこれが工場で量産可能かどうか?
「できる/できない」よりもまずは相手のコンセプトを理解するところから製本は始まる。
製本会社の役割は本を作ることですが、篠原紙工が制作の上で一番大事にしていることはお客さんとのコンセプトの共有。「なぜ、帯がこんな中途半端なのか?」「なぜ、白でなくてはならないのか?」今回の小池さんのコンセプトを聞き、池内晶子さん作品の内容を見るとその想いと考えが制作側としてもすごく納得。帯を中途半端な場所に貼り付けることを前提に制作案を練りました。
単純に見返しの上から貼り付けることは誰しも考えるかと思いますが、そうすると本全体の緊張感が失われてしまう。制作側としてもどんなに丁寧に貼り付け作業をしたとしても単純なやり方ではコンセプトからずれてしまう。
帯が中途半端な位置にあることで池内晶子さんの作品がもつ浮遊感を伝えたい。帯の位置が装丁デザインの段階で組み込まれていることを表現したい。これらデザイナーの思考を形に落としていくのが篠原紙工の仕事です。そこで、この案件では帯を表紙と見返しの間に巻き込むというやり方を選択。しかし、手間がかかるとコストが上がる、そして量産した時のクオリティのばらつきも避けなければならない。数々のリスクの中、知恵と工夫でできるようにするにはどうしたらいいかを考えました。
どんな案件においても制作をしていると問題は多々発生し「これくらいなら大丈夫か…」というようなレベルのものも出てきます。しかしその小さな甘さが最終的に手に取ったお客さんにも伝わり、本の世界観が失われてしまいます。
それを避けるためにもデザイナーのコンセプトに立ち戻り、工場での制作判断の修正が必要でしたが無事に納品までたどり着き、この本は第52回造本装幀コンクールで文部科学大臣賞を受賞するまでに至りました。
重要なのは本を作ること自体が目的になるのではなく、本を通じて何を表現したいか、何を作りたいのか、これらの思いをデザイナーと製本会社が共有すること。そこから私たちのものづくりは始まるということをあらためて実感させられた案件でした。
担当 : 篠原慶丞
デザイナーの小池さんとコンセプトを共有することで、本の世界観を確実に表現することができました。